COVID-19の影響

※妻が他界した事にコロナは関係ありません。

何の事かというと納骨式。
妻の他界した昨年の9月23日から既に10ヶ月経つというのに、納骨式を行えていない。

妻の実家は岩手県盛岡市。そこから人を呼ぶ決断をするだけの材料に不足している。

とは言え、もうすぐ1周忌。家族にとってのきみのわかりやすい居場所を定めたい。

僕の気持ちは横に置いて構わない。僕の肉体・心・考え方はもちろん、よく僕に噛み付いた彼女の歯を、胸のペンダントにしまって常に一緒にいますから。そういう風に一緒にいると感じられるだけまだ救われていると思えるから。

僕を除いた、きみを想う家族のための納骨式。

1周忌を機に、強行でもいいのでコロナに負けず、姿勢というか決心というか…。そんなようなものを形にする事で、きみが安心してくれるような気がするから。

とは言えタイミングに悩まされる。まさかの秋分の日に他界してしまった事を、最近理解したわけで。それはまさかの彼岸(これも調べる中で彼岸が何のことかはじめて知った)。墓地等がその日程で納骨式を行ってくれるか否かの確認他、ここから色々と理解を深める必要があるんだ。

何事も初めてはあるものだけど、事が人の生き死に。殊更それが最愛のきみのこと。人の死後に利用すべきビジネスや一般常識に関する知識がまるでないヨチヨチ歩きとは言え、きっとここできちんとそういった事に関する理解を深めるのは必要な事。

どうなるかはまだわからないけれども、きちんと区切りを作る事で、家族に安心して欲しいと思っているよ。

やくそく

毎朝毎晩、亡き妻との無言の会話を欠かさず続けた結果、色々と彼女との約束を思い出せるくらいには気持ちの余裕が出てきたと感じる。

即物的というか、目の前にある問題をクリアして生きていくという意味では仕事に関すること。

これは非常にシンプルで、キチっと組み立てて、小さくても少なくてもいいので粛々と積み上げる事で実現できる。
そのため、大きな悩みもなく相変わらず一緒に突き進んでいると実感しやすい。

むしろ妻と日ごと話していた他愛ない会話から拾い上げた約束。

コレがなかなか手ごわいのだ。

日々それを拾い上げるように気を付けてはいるのだけれども、あれをしたい、どこに行きたい、何を食べたい。
こういった要望は記憶だけではもはや怪しくなってきており、どうしても彼女から強い言葉で要望を聞いた時や、新しい情報が優先的になってしまう。

そこで彼女のスマホ/タブレット/PCといった道具の履歴を覗くという、もはや背徳感さえ感じる行為に頼ることもあり、その都度「ごめんな~」と謝りながら必死にリスト化を続けている。

家族友人知人たちとの会話の中で拾い上げる情報なども手伝って、そのリストもなかなかのボリュームを見せている。

ついつい「忘れたくない」という一心で、情報集めに一生懸命になりすぎてしまうが、このリストを作っている目的に立ち返ると・・・

きみとの約束を実現する事。

毎日毎日、小さなことや大きなこと、行動原理や考え方といった概念的なものも取り混ぜながら、必ず最低でも一つはその約束を達成してから寝るようにしているよ。

こういう着実な生き方を僕に強く望んだであろうきみの気持ちに応えて生きてゆきたい。

どうしようと悩むくらいなら、まず一つでいいから始める。
何もしなければいつまで経ってもゼロだけれども、小さなことでも毎日積み重ねれば1年後にはそれを365個手に入れている。

こんな考え方と行動になったのは全てきみのおかげ。

きみとの約束を守るために余計な事を考えたり行動する事のないシンプルな生き物に生まれ変われたかのようで、一個人としては実に生きやすいよ。
きみがいないことは相変わらず寂しいし辛いけれどもね。

僕の背中を押し続けてくれるその存在に毎日感謝しているよ。

これからもずっとよろしくね。

柴犬

妻と僕が大好きな犬種。

20年の生活において妻と一緒の生活を夢見た犬。

妻が他界する10年ほど前までは実現すべき事として捉えていたものの、その数年後には人様の飼う柴犬と遊ばせてもらう事で半ば満足してしまうくらいに諦めムードになっていた。

それというのも、妻の体調悪化と合わせるように、業務が多忙に。犬のいる生活をイメージできなくなっていった。

お互いに柴を愛するからこそ、柴と一緒に過ごす時間をきちんと持ちたい。

妻には明言こそしなかったものの、柴のいる生活で癒される時間もきっとあったとは思うが、僕はそれよりも妻だけとの時間を優先したかった。

こうしてグズグズと悩んでいる間に、あらゆるペットを買う事が禁止されるほどに病状は悪化し、結果としては柴との生活は実現しなかった。

妻の他界後、柴との生活を実現したかった目標として頭に度々浮かぶものの、妻が一緒に喜ぶことのできない今、柴と生活する事自体が彼女への重大な裏切り行為にさえ感じられてしまう。

まずは僕らの子供である会社を、よりきちんとしたものにし、成人さながら手離れのような状況を作り、その時に改めて考えるべき事として、今は心に仕舞おうと思うのだけれども…

妻が柴と遊んでいる時の幸せそうな表情を思い出すたびに、1日も早く柴との生活を実現したくなるという状況をひたすらループしている毎日。

こういうことはきっと巡り合わせだとも思うので、その時を待とうと今は思う。

それでいいよね?

逝かせてしまったという気持ち

これがキツい。

理屈ではわかっている。

それでもやっぱりたまらなく寂しくなる時があるんだ。

きみがもしもこの世にいたならば、そんな事に限られた様々な事や物を使うのは人生の浪費だと言うであろう事は想像に難くない。

それでさえ、きっと僕のために発するであろう言葉でもあるだろうと思うと、ますます寂しくなるんだ。

そんなきみがこうあって欲しいと願った僕になるべくという気持ちもあるし、僕を形作っている、いま生あるみんなへの気持ちを後悔なく少しでも形にする事を大事にしたいんだ。

そんな中でも、やっぱり僕らの両親への恩返しや、きみとの約束の地を踏破する事については特に大事にしているよ。

会社に入った新スタッフはとても頑張ってくれているよ。きみと僕の時間を作るための努力を目一杯してくれるという気持ちをヒシヒシと感じるんだ。

一人前の社長になる事できみの求め続けた姿を焦らずに目指しながらも、僕らの約束の地を踏み締めつつ、いつかきみと会えると強く信じてひとつひとつ粛々と紡いでいるよ。

たまには疲れて気の抜けた日もあるけどね。

できることから一つずつ。

これもせっかちな僕が、きみに叩き込まれた進め方だね。これが少し自分のモノになってきている実感が最近は感じられるようになったよ。

何事においても完璧にこなすことなんて身の程を知れ。とチョイチョイ言われたけど、これも残念ながら痛感してしまう場面に遭遇するんだ。そんなこと自体が無駄な時間だと最近は思うんだけどね。

逝ってしまってからも強い存在感を放つきみの事。

逝かせてしまった事がどうにも消化もなにもできない袋小路だと理解して、この負い目のような心痛む気持ちとは一生付き合っていくという決心はついたよ。

どこまできちんとこなせるかどうかは、蓋を開けてみて初めてわかる事だからこそ、一つ一つ大事にね。

きみの月命日は慌ただしい日々を一度リセットさせてくれるキッカケになっているという、少し複雑な気持ちできみを想う。

できるだけ息抜きの時間を作るためにも、会社近くの桜を観る時間くらいは作ってね。と言われ続けたよね。
きみがやりたがっていたバトニングやフェザースティック作りは、とても楽しかったよ。
そしてきみがハマったDOA。あのノンビリした空気にリラックスした表情でいたきみをいつも思い出すよ。
約束の地 千里浜なぎさドライブウェイ。
一緒に南房総を走ろう。

翼をください

妻が好きだったエヴァンゲリオン。

彼女は、その終わりを見ることなく逝ってしまった。

触り程度しか知らなかったままでは、その最後を見届ける資格はないと思い、今まさに予習している。

その中に、タイトルにある楽曲が印象的に使われていた。

予習前の知識を列記します。逃げちゃだめだ。包帯の女の子。赤い女の子。メガネの人。細くて綺麗なお姉さんたち。紫のロボット。こんな感じでしかありませんでした。

そんな作品の中に、とても好きで、妻が他界してからは特に頻繁に聞いている楽曲。翼をください。が。

エヴァンゲリオンに感じる世界観と、妻への想いには何一つ共通項はないと思っているが、その曲を聴く度に胸が締め付けられる。

作品は難解極まりなく、きっと作者にしかわからない部分が多々あるでしょうし、観客に真意は伝わることはないのだろうと思います。

思い返してみれば、妻は僕とは反対で答えの明確でない事柄や作品が好きだった。

彼女の描く絵も以前は写実的だったが、結婚後は抽象的なものが多く、感じるものがあった。

ゴールのない(そう妻は説明してくれた)オンラインゲームも以前は好んで楽しみ、一喜一憂する姿を、キーボードを叩きながら横で見るのも僕にとっては楽しいひと時だった。

こういった事を思い出させてくれるきっかけになったエヴァンゲリオン。そしてその呼び水になった翼をください。

妻が作品に対してどのような事をイメージしていたのかは理解する事なんてできるわけもないが、それでも好きな楽曲を使われている共通項というか細い接点に頼って楽しみたいと思っている。

彼女が期待していた結末がそこに待っているかどうかなんて当然わかりえない部分だけれども、それでもその片鱗だけでも感じて、妻に報告したいと楽しみにしています。

つくづく妻とは違う好みだと痛感しますが、それは当然。何せ他人なのだから。だからこそこうして知らなかった作品を通して彼女を違う方向から見るキッカケにもなるのかな。

様々なエンディングを見ずに逝ってしまったきみに。

こうなったら意地だよ。

きみが好きで見たり読んだりしていた作品を僕なりに理解して、追い続けられるものは最後まで。きみならこう思うんじゃないかな?と想像する事を踏まえて楽しみにしているよ。

まずはエヴァンゲリオン。この結末を見届けてくるよ。

きみを想う時には大抵イメージする翼をください。これを毎日のように脳内で流しながら作品を勉強し、僕なりに理解してからね。

乱気流

あの日から半年が経った。

周りの皆様のおかげで笑って過ごせるようにはなってきたものの、寂しさというか虚しさのようなものが常に付き纏う。

妻と約束した事柄を片っ端から実現すべく、それが楽しみとも言える毎日ですが、当然ながら喜んで欲しい当人が目の前にいない事実に、ふとした瞬間気持ちが折れそうになる事もある。

そんな乱気流に負けないよう、妻の「なにやってんの?」といういつもの口調と下から覗き込むような表情を思い出しては、負けるもんか!と戦う日々。

今日今週今月今年来年数年後と優先順位を付けなおしては、したい事やすべき事や捨てるべき事を毎日のように話し合っては調整し、それを達成しては喜びを分かち合う日々でした。しかし、それはもはや妻が他界してからも完全な習慣になっており、毎朝毎晩欠かさず報連相を続けています。

習慣化しているからこそ悲しくなる事もあり、仕事ばかりではなく、残された者への気持ちを形にしつつ妻との約束を果たすべく両親を連れて白川郷へ。

これが存外良い効果を感じる事ができ、タンデムでこそなかったけれども、妻とのドライブの楽しさを強く思い出す事ができたことが大きな収穫。

死んでしまった者の事ばかりを考える事について色々と見聞きしたけれども、やはり妻を愛する気持ちはひとつも揺るがない事を実感するばかりなので、僕は僕のやり方で妻と付き合っていこうと気持ちを改める機会にもなった雪国への旅でした。

妻を好きすぎて、未だに混乱している両親の気分転換にもなったのでは。と親孝行について時間の使い方を改める良い機会にもなりました。

妻の他界で50にして道に迷っている真っ最中ですが、その妻が僕を導びいてくれてもいる。という妙な感覚を常に感じます。

この乱気流を突破する直接的な動機にもなってくれている妻へ。

寂しさは何ひとつ変わらないけれども、君との未来のためにも、更なるステップを登って、君に胸を張る事のできる生き方を追求するよ!

僕の中の妻という存在

妻が他界してから早5ヶ月。

そして妻と一緒に闘い続けてきた20年。

あっという間だった。

彼女をすり減らしてしまった気もするけれども、なかなか体験できない事まみれの時間を共有できたとも思える。

僕は妻に甘えていた。

もちろん自覚はあったけれども、それを悪い事だと思った事もない。今でも悪い事だと思っていない。

だってお互いを必要としていたのだから。

寂しい毎日は変わらないけれども、何事もすべき事をより良く着実に。と思えば思うほど、彼女の存在を強く実感します。

これはまさに妻の考え方そのもの。

相変わらず彼女に依存しているけれども、それがベターな選択肢だと信じられる裏付けがあるからこそ信じて前進できる。

全幅の信頼を置ける伴侶と過ごした時間について思うこと。

たったの?それとも濃厚な?

これを楽しくて濃厚だった。とも思うけれども、もっと楽しませたかったな。という後悔も常に付き纏います。

妻は他界こそしてしまったけれども、今度の妻との接し方でこそ、妻が求めていた事柄を実現させるべく、生き方を変えられる僕こそが生き方を変えるチャンス。

こんな考え方を与えてくれ続ける妻には、きっと再会するまで頭が上がらないんだろうな。

むしろ、それが少しだけ心地よかったりもする、愛する妻の月命日。

明日も明後日も、その先もずっと一緒に。

私が死んだら

結局今際の時まで、妻の状況が非常に追い込まれているものである事については、お互いに明確に言葉にすることはないままだった。

僕はドクターからその状況を聞かされていたが、妻には明確に「覚悟はしてください」という言葉は伝わっていなかったはずだと認識している。

そうして逃げ続けた理由は、言葉にすると現実になってしまうかもしれない事が怖かったのだ。

妻のためという気持ちだったのは間違いないと思っていた。しかし、今になってみると、自分を守るための行為だったのでは。と自分を許せなくなる。

また、今最も後悔に苦しんでいる事であり、この先自分を許すことができない大きな問題がある。

それは、いつも通りでいようとしすぎた事だ。

妻が追い込まれている状況である事は重々承知していた。

しかし、調べても調べても、彼女を根治させることができない。

それならば、できる限りいつも通りの姿で彼女と接しつつ、何かあった時には自分にできる事を何でもするんだと割り切って、準備を万全にしておきながら、それに備えようと舵を切ったのだ。

しかし、結果としては万全の準備なんてできるわけもなく、数年に渡る闘病とは言え、急変によって彼女は他界してしまった。

「あの時あれをしていれば」「喧嘩してでもこうしていれば」といった後悔が津波のように押し寄せ、どうにもならないとは理解しつつも、遺影に向かっていまだに毎日のように彼女を思い出しては涙を流しつつ、後悔のような謝罪のような感謝のようなまとまりのない気持ちが続いている。

そんな生活の中で見つけたファイルがある。

「私が死んだら」というタイトルのテキストファイルだった。

文頭に、「あなた以外に見せたら殺す」と書いてあるが、見せはしないので許してくれ。

【その1:業務について】

仕事に関すること細かいマニュアルのようなものから始まって、今抱えている問題と解決案、今後実現したい事等、二人で確立してきた業務内容と改善案。そして僕の現状および今後どういう存在に仕立て上げていきたいか。

これは内容を公表できないものなので割愛。

しかし、妻の思いは痛いほど伝わっている。何としても全て実現してあの世で再会するんだ。

【その2:僕に対する不満】

時々だけど、仕事が忙しすぎて運動をサボること。

これによって緩んだ肉体になる事は許しがたい。

バイクに乗る時間を作るのが困難なのはわかっているけど、僅かなチャンスでバイクに乗ることができた時、その時の最大のパフォーマンスを発揮できる肉体と精神と頭脳にしておかないと許さないとの事。

これがボルダリングをしつこく続けている理由です。

他にも色々書いてあったが、概ね解消済みのようでつまらないとの事。

※彼(僕)の業務を行うにあたって、その特性を活かしつつ改善する点においては、という意味であり、素晴らしい人間という意味ではない。勘違いするな。とも書いてあった。

ただ、僕としては、やはり自分本位だなと反省することが多いので、これは改善すべき妻との約束として心に強く留めておきたい。

そして、これがきっと一生忘れる事の出来ない衝撃的な文章。

忙しいから私の病気の事なんてマジメに理解する事なんてできないよね。

完全ではないかもしれないけどきちんと理解していたよ。

私なんてポンコツになっちゃったから足手まといだよね。

そんなこと一回たりとも思ったことはないよ。
一刻も早く治したい治って欲しいという一心だったよ。
全てにおいて急いで動く態度がそう思わせてしまったのだろうか。
ごめんね。

思ったこともない事が書いてあった。しかし・・・愛する妻をそう思わせてしまった。そのまま逝かせてしまったのかもしれない自分を決して許すことはできない。

【その3:自分(妻)のこの先】

そのセンテンスを妻が書いた日程が約3年前。その時点で長くても3~5年の寿命だろうと書いてあった。

追記にあった肺移植について。万が一うまく行ったとしても、それはオマケであって、とにかく今すぐに僕のためにできる事を全てやり尽くさなくてはという使命感に溢れる文章ばかりが書いてあった。と同時に時間が足りないともあちこちに散見された・・・

妻の言葉で強く頭に残っているのは「同情」についてだ。

時間の浪費だ。という一文。

これに通じる内容が明確にあった。

泣いたり同情を受けたりなんて暇はない。そんな時間的余裕は一切ないのだ。マジで!

そう書いた時の妻の心情を思うと、涙が落ちた。

泣きも騒ぎもせず、無駄なく粛々と事を進める妻がこんなことを考えながら全ての準備をおこない、僕に妻特有の業務のこなし方を叩き込んでくれていたのだと思うと胸が張り裂けそうだ。

【その4:あなたとの生活】

ここは僕視点を多分に交えて書き記したい。

僕が妻を好きで好きで結婚してもらったと思っていた。

ところが、読み進めていくと、僕が妻にまんまとハメられたようだ。

この流れを説明するには、あまりにも長文になってしまうため割愛します。

そのため、僕が泣きながらファイルを読み進めつつ「マジか!」と衝撃を受けた部分のみ抜粋。

あの人(もちろん僕の事)は自分からの意志で私と付き合って、結婚したと思っているようだが、それは違う。私(もちろん妻の事)がそう仕向けたのだ。

これは痛快だった。

まさか妻がそんな器用な事をできると思っていなかったところ、他界してからこんな事を知るとは。惚れなおしたぞ。

そして、僕との生活。

付き合い始めてから衝撃の連続だったそうだ。

空気を読んだり周りに合わせる事を優先せず、とにかく「すべき事柄」を最優先にガンガン前に進むその姿に、憧れと心配が同居する複雑な心境だったとのこと。

ただ、それを妻は個性として捉えてくれ、それを長所として、勝負できる材料として磨くよう仕向けたとのこと。

もちろんそこ(僕の特性)には大きな問題もあり、それを修正しつつ、どんどん妻の求める形に変化させていったとも。

自分を変えることに何ら抵抗のない面白い生き物というのが僕に対する妻の評なのだが、そんなことはない。僕だって自分を変える事には抵抗もあるし、どうすれば成功するかな?という気持ちと同時に失敗したくないな~とも思う。

でも、やっぱり最終的には妻が喜ぶ顔を見たい一心から、そんなことはどうでも良くなるというだけの事。

要するに。

妻は、僕を使って色々な事を実現していくのが楽しくて仕方がなかったようです。

何より、僕がそうコントロールされていると全く感じさせないコントロール方法に脱帽。

むしろ何でそのまま続けてくれなかったんだと文句の1つも言いたくなる。

このファイルには膨大で強い意思が詰め込まれており、もはやこれが妻と僕との未来と言っても過言ではありません。

大事にするよ。

死んでなお僕をコントロールし変え続けてくれる妻は、文字通り小さな巨人です。


【1個体としてのこれから】

詰まるところ僕は今でも妻にベタ惚れしているし、他界こそしてしまっているけれども、彼女が僕を形作っている事実もあり、実体がなくなっただけで彼女の存在を毎日強く感じながら生かされている現状だという事です。

業務中に僕が近くを通ると「見んな」みたいにギッと僕を睨んでパタッとノートPCを閉じていたのは、こういった一連の文章を書いている時だったのだろう。

本来、業務中に関係のない作業を行う事を極端に嫌う性格の妻がそうしていたのだとすると、それが「今すべき業務」として判断するほどに逼迫していたのだろう。

そう思うと、そういった雰囲気から妻の状況や心情を想像することはできなかったのだろうか。と改めて心が痛みもします。

こんな解決できない問題を毎日抱えながら生きていくのだろう。

しかし、それこそが今でも愛している妻と生き続ける事なんだと理解して前に進みます。

【彼女を知る皆様へ】

妻の事を少しでもたまにでも構わないんです。あの小さな身体で頑張っていた姿を思い出してやってください。

彼女の思い出話をされたいのあれば、彼女の事を今でも好きで好きで仕方のない僕が、彼女の自慢話を踏まえていくらでもお付き合いいたします。

彼女の写真があったら、いくらでも僕に送りつけてください。

【愛するきみへ】

君との約束においてクリアすべき事項は山ほどあるけれども、君が構築してくれた様々な地盤と共に、死守すべき事柄として必ず実現するよ。

チクショウ

さみしいよ。

妻との日々

【まえがき】
これを書き始めたのは妻が他界して2週間以上過ぎた2020年10月11日のこと。

寂しさ・悲しさ・愛しさ・後悔他、自分ではもはや冷静な判断の出来ないところまで混乱した精神状態から逃れたい気持ちから書き始めたような気がする。

自分本位な僕と対照的な自慢の妻の事をただ知ってもらいたいという思いで書き殴ります。
意味があるのかどうかは知りませんが、これを書かなくてはいけない衝動に突き動かされての行動です。

やることなすこと、気合・根性といった非論理的な行動原理で暴走する僕を、一歩引いた場所から、落ち着いて現実的な事柄として処理・実現すべく、常に僕を支え続けてくれた妻がこの世にいない事を認めたくない。
既にこの世にいないことはわかっている。触れ合うどころか、毎日繰り返していた他愛のない会話さえもできない事もわかっている。
だから、その虚しさをぶつけるようにごまかすように仕事を全力でこなしている。

しかし、この5年ほどで僕の生きる動機と言おうか、生きる目的と言ってもいいだろう。それが妻の存在そのものという、我ながら驚く状況になっていることに気付いた。
これを依存というのかもしれない。いや、そんな表現上の些末なことはどうでもいいのだ。
とにかく僕が大好きな仕事をどれだけ頑張ってみても、それを分かち合う相手として唯一無二の愛する妻がいないという事がどれだけ虚しい事か。それを毎日突きつけられる。

ところが、我が社は妻と僕との子供である。
僕ら夫婦は子供を作らないと決めて結婚した。
そして、お互いに目的を達成する事にとても強い欲を持つため、僕らが同じ方向を向いて全力で協力し合える事はなんだろう。と思案した結果、我が社を子供として考え、そう付き合おうと決め、公私の別なく、ひたすら全開で仕事に打ち込んできた。

そう。
妻がいること自体が仕事の動機なのに、その妻がいない。
しかし僕らの子供を片親とは言えきちんと社会に残すべく一人前にしなければいけない。
しかし・・・という生き地獄。

妻が誰よりもつらかったはずなのに、一切弱音を吐かず、自分勝手な僕の活動に弱った体を引きずりながら、最後の瞬間まで本気で一緒に闘ってくれた、最愛の妻が走り抜けた最後の日々を僕の視点で綴ります。

【その日がきた】
2020年9月23日14時42分。

妻が死んだ。
42歳のことである。
狂いそうだ。

よく物の本や映画やドラマなんかで、身を引き裂かれるような思いといった表現を使うが、そんな痛みはひとつもない。
ただただ力が出ない。何もする気が起きない。一緒に死にたかった。そしてひたすらメソメソと泣く時間がしばらく続いた。

【その敵 間質性肺炎】
上葉優位性間質性肺炎。
紙切れには死因:突発性間質性肺炎と書いてある。
僕が誰よりも何よりも愛する妻の命を奪った憎い憎い敵。

時期的にCOVID-19だとか、細くて小さな身体からはガン等と連想されているようだが、そうではない。

3年以上前からおかしいぞ?となり、病院嫌いな妻が通いやすいよう、職場である厚木市近辺の総合病院だけに絞り、セカンドオピニオンを含めて診てもらったところ、どこも同じように「気管支拡張症」だという。
結果としては、目に見える症状としてはその通りだった。
その実「間質性肺炎」という、呼吸器系の弱いご老人のかかる病気だそうで、やっかいな合併症を引き起こしやすい、いわば不治の病ともいえる難敵に罹患したことを後になって知った。

それを知ったのは東京清瀬市にある東京病院での事だった。
ある日から咳が止まらず、妻の背中を触ると何やらゴロゴロとおかしな感触が伝わってくる。気胸では?と疑って、場所を選ばず呼吸器系専門としては日本一の呼び声高い院に、愚かな僕は「早く治るといいな~」といった軽い気持ちで診察に行ったところ、ドクターが蒼い顔をして「すぐに入院してください」と言う。

そこで僕は現実から目を逸らしたのだと思う。
話を聞いてはいた。
ドクターが話す内容を覚えているものの、お得意の気合と根性で、どうにかなるどうにかすると信じたい気持ちで、ドクターが発する意地悪な言葉をなかった事として塗りつぶそうとしていた。

結論としては、覚悟はしてくださいという趣旨だった。
そんなこと妻に伝えられるわけがない。

現実的な対応として、非常に高額な治療になるため、最終的には難病指定を受け、負担上限月額を定めての治療となった。

こうして突然、間質性肺炎との闘いが始まった。

【検査入院】
そいつとの闘い方にはあまり方法はなく、結論としては
1. 肺に巣くうカビ「アスペルギルス」を抑え込む。
2. それの状況が落ち着いたら、角質化している肺をマシな状況にする。
これを辿るだけだ。

いずれも治験である。これが「実現できれば」しばらく落ち着いた状況で生活できるだろう。
ただし、最終的には肺移植を視野に入れておくべきとのこと。

その方針に従って、妻の検査入院が行われた。
結果としては、その方針通りに行くことは決まったのだが、1週間以上に渡る入院による体力の劣化が激しい。
病院やドクターには一切問題や責任はないし、責任転嫁を嫌う僕が文句の1つも言いたくなるくらいに妻が劣化している。

何度も泣きそうになった。
しかし辛いのは妻だ。泣き顔を見せるわけにはいかない。
いつも僕の前ではニコニコしている妻が、笑う事さえも辛そうな顔でゼェゼェ息を切らせている。
いつものかわいい表情を見たい。
絶対に何とかしてやるんだ!

【アスペルギルスとの闘い】
簡単に言うと真菌。そうカビだ。
水虫で聞く事はあると思うが、アレと同じ真菌系の根治不能なカビである。
まずこれを抑え込むための治験が始まった。
当然どんな体調の変化を起こすかわからないので、約2週間に渡る入院から始まった。

妻からの連絡が頻繁に入る。
要約する。
副作用があるって聞いていたけど、視界が少し狭まるとか視野の一部が黄色っぽくなるくらいで、別に体調はなんともないし食欲もあるよ~。とのこと。
毎日ヒマだー、仕事したいー、柴触りたいーといったメッセージが送られてきて、心は元気だな。と。
※柴というのは僕の事です。柴犬を飼いたいが妻はペット禁止な病気のため、僕の事をずっと柴犬っぽいから柴だ。といって夫婦二人の時、妻は僕の事をよく柴と呼んでいました。

毎日病院で何があったとか、退院したら何をしたいとかどこに行きたいとか、今後の会社のありよう。そういった事をメッセンジャーや時には電話で話し合った。

今風に言えばリモートワークになるだろうか。
毎日引っ切り無しに飛び交う受注メールや問い合わせや海外とのやり取りを見ながら妻は心配になるのだろう、僕が手を付けていない部分を見ては、そこのケアをしてくれる。
もはや説明をしなくても、呼吸で仕事をできる環境を作り上げた僕らは最強だ。

こんな調子で治験入院から退院してきた妻は、残念ながら劣化していた。
入退院を繰り返すたびに弱っていく姿を見てズキッと心が痛むが、顔や態度には出せない。
とにかく妻への負担を減らしつつも、慌ててマズい状況だと悟られないように、彼女が求める環境を整えられるべく全力を尽くす。

ここからはひたすら処方された薬を飲み、定期的な検診を続けたが、一向に咳が止まらない。
数値上では横這いとのこと。これが何ヶ月も続く。

そして声がかすれて何を言っているかわかりにくい日々が始まった。

体力も目に見えて衰えていく。会社でも引っ切り無しに咳を続けて、疲れ果ててしまうのだろう。辛いだろうに泣き言を一切言わない。目を離すとウトウトと寝ることが日に日に増えていった。

我慢できなくなった僕は「お願いだから仕事を休んで欲しい」と懇願して家で療養してもらう事に。

ほんの1週間ほどの休養だったろうか。
このせいで妻を更に衰えさせてしまった。
彼女から仕事を奪う事が、悪い方向に働いてしまったのだ。

改めてきちんと彼女と向き合い、無理のない範囲で好きにしてください。と伝えた。
弱い僕なりに覚悟を決めたつもりの瞬間だった。

とても心配だが、何をどう調べて行動しても根本的な解決に辿り着くことができない。無力感から涙が零れ落ちる。こんなにも僕に尽くしてくれている妻の危機に役に立つことができない。

他人にこの状況をバラしたら殺すと妻の口から出始めたのはこの頃だったろうか。
要約すると「同情されることで根治するならば、いくらでも同情を引く努力をするけど、何一つ改善しないなら時間の浪費だ」と言い放つその姿は、もはや時間的余裕は残されていないと覚悟しているかのようで、僕の心を抉る。泣くのを我慢するだけで精いっぱいだ。

ある日「次の段階に進む」と病院から告げられた。

【角質化(線維化)との闘い】
アスペルギルスとの闘いの結果、ドクターは言葉を濁しているが芳しくなかったことは伝わってくる。
体力的にも妻の限界に近付いているのだろう。

アスペルギルス対策の薬は角質化対策の薬とは共存できないため、アスペルギルス対策の投薬をやめ、角質化対策に踏み切る事に。

角質化というのは、カカトを思い出してもらえればわかりやすいだろう。あのガサガサに硬くヒビ割れた状態。それを想像してもらえればいい。
健常者の肺はゴム風船だが、妻の肺は紙風船。この角質化により肺胞がつぶれ、この時点で妻の肺は半分も機能していなかったのではないだろうか。
ここにアスペルギルス菌(カビ)が繁殖し、肺を侵食していくのを、薬によってギリギリの状態に抑え込んでいた。

角質化対策の薬は、いわば間質性肺炎におけるウルトラCだそうだ。
効けば一気に楽になる(根治するわけではない)可能性もあるそうだ。
それに期待というより藁にもすがる思いで妻を治験入院に送り出す。仕事をしながら、毎日祈っていた。

結果は2日目に出た。
投薬初日から気持ち悪い。食欲がない。全部吐いちゃう。とメッセージが入る。それでも妻はとんでもない根性で抑えつけようとするが、副作用により肝臓の数値がもはや根性でどうにかなるレベルを遥かに超えてしまい、2日目にして投薬を諦めることに。

ここからの2週間は、ただただ肝臓の数値を元に戻すためだけの入院となった。

入院中に写真を送って欲しいと言っても一向に送ってこない。
メッセージでは当初元気を装っていたが、少しずつ弱気になっている事が伝わってくる。

退院の日がやってきた。
愛する妻の姿を見て、自分の目を疑った。
頬はこけ、とても似合うベリーショートは白髪だらけになり、精いっぱい作っているのだろう弱々しい笑顔でヨロヨロと近づいてくる。どれだけ辛く苦しい思いをしたのだろうか。妻の苦しみを少しでも分けて欲しい。

酸素や杖や車いすは頑として受け付けない。そんなものを使ったら身体が甘える。と言って聞かないのだ。
必死に涙をこらえるが、ポンポンと頭をたたいて「お疲れ~。ちょっとトイレ。」と一言だけ伝え、我慢しきれずトイレにゆっくりと逃げ込んだ。
覚悟はしていたが、今までにない弱り方にどうしても考えたくない将来を連想させられる。

【移植に向けて】
ついに最後の手段である肺移植を決断。
正確に言うと、もはやそれしか残されていない。という状況だ。

東京病院から肺移植のトップである東大病院を紹介され、話を聞きに行き、淡々と入院に向けての説明を受ける。
一刻も早く移植の権利を手に入れて、少しでも元気な状態で・・・と思いこもうとはするが、その実、弱り切った妻を見て、果たして手術に耐えられるのだろうかと心配になる。

検査入院は2020年10月7日に決まった。
ここさえクリアして、移植まで「平均」2~3年待てば・・・

2~3年・・・

そんな長期を生き抜けるだけの体力はあるのだろうか。生き抜いたとしても手術に耐えるだけの体力は残っているのだろうか。ドナーあっての移植だ。身体がとても小さな妻にマッチする肺はあるのだろうか。そもそもその待ち時間は平均値でしかなく、それがどう転ぶかもわからない。もはや呆然としながらも祈るしかない状況に心が擦り切れていく。

どんどん僕にできる事がなくなっていく。
できる事は妻との時間を大切にすることだけだ。

【盛岡へ】
妻は岩手県盛岡市出身である。僕も舌を巻く粘り強い性格は北国ならではなのだろうか。
同じ病気で父親を亡くした妻は、どうしてもその現実を母親に伝えづらかったため、今の今まできちんとした状況説明をしたことがなかった。

丁度僕の仕事の都合もピッタリと合い、これはきちんと義母に説明をした上で妻に実家でゆっくりと休養してもらえる機会だと思って、「体調が良いなら」という絶対条件下において盛岡に説明に行くかい?との相談の上、体調が傍目にも悪くなさそうな状況だったため、シルバーウィークを利用して盛岡へと車で出発した。

【風車とひまわり】
郡山布引高原風力発電所
僕が福島の林道ツーリングで出会う事ができた、風車とひまわりが名物のステキなスポットだ。
いつの間にか僕にとってのツーリングは、行動範囲が見る見る狭まっていく妻に、TVや雑誌やインターネットでは体験できない風景を見てもらいたい一心で行なうものになっていた。

前年にここの写真を妻に現地から送ったところ、「ずるい!連れてけ!」という言葉を覚えていたので、盛岡への道中、偶然を装って寄り道をすることに。

現地に到着し、
妻:アレ?ここってもしかして?
僕:あ、ホントだ~。こんな偶然ってあるんだね。

妻は顔をクシャクシャにして笑った。

僕:疲れているなら車から見るだけにしておこうよ。
妻:ううん。ちょっと歩きたい。

ゼェゼェ言いながら、健常者なら10~20秒で辿り着けるところまで駐車場から5分近くかけて歩いた。
抱っこするよ。おんぶするよと言っても、身体が甘えるからダメと頑なに断ってくる。

そこに到着して振り向いた瞬間、柔らかな笑顔を撮影できた。と同時に彼女が発した言葉で、僕はついに妻の目の前で泣いてしまった。

妻:死んじゃダメだよ。
ふざけんなテメーの事だよ。というだけで精一杯だった。

それが妻の最後の笑顔の写真になった。

【実家にて】
最低限の病状の説明を義母に済ませ、疲れた体を横たわらせた妻は、「あ~疲れた。寝るね。」と言って、昔の自分の部屋で横たわった。

心配だったが、一緒に寝られるスペースもなく、「調子悪かったらすぐに電話するんだよ」と言って僕は客間で寝ることにした。

翌早朝5時半ごろに電話が鳴った。
妻:なんかおかしい。
僕:すぐに行くから待ってて。

部屋に着くと、外に響くくらいにゴロゴロと小さな異音がする。
気胸だ。
普段全然汗をかかない妻が大汗をかいて布団がビチャビチャに濡れている。

すぐに救急車を呼んだ。

妻:あ、やばい。
血を吐いた。
彼女の姿勢を整え、吐血で窒息しないようにする。

間もなく救急車は到着し、盛岡最大の病院に搬送された。

【病院にて】
かなりマズい状況とのこと。
それでも最後まで希望を捨てなければ・・・と信じたくて祈り続ける。

妻がホースだらけになっていく。
呼吸するだけで精一杯じゃないか。誰か助けて!
何もできない自分にイラ立つ。

その状況に立ち会った僕と義母にできる事はなにもなく、ただ無力なだけで一旦病院を後にした。

妻の事が心配で何も手につかない。

【ささえて】
一睡もできないまま翌朝を迎えた。

2020年9月23日7時30分の事。
病院スタッフから連絡が入る。
「今すぐに来てください」
声のトーンが普通ではない。慌てずに話を聞く。
「急変したので、すぐに病院に来てください」
義母を起こしてすぐに病院へ向かう。

コロナ禍にあり、本来であれば面会できない妻に会える事が、もはや切羽詰まった状況を突きつける。
嘘であって欲しい。

あのかわいらしい妻が言葉も発することができず、必死になって生きようとしている。
何とかしてくれ!誰か助けて!

泣かないようにして、ただただ手を握っても、妻は苦しいだろうにこちらを一生懸命穏やかな表情を作って、声を発しようとしている。
何を言おうとしているかわからない。

僕:手に書いて。
妻:さ さ え て
僕:当然でしょ。

妻はホッとした顔をして目を瞑った。
これが僕らの最後のコミュニケーションとなった。

僅かなモルヒネ投与をすることで苦しそうな表情も和らいだ。

【決断】
あまりにも苦しそうなので、さらなるモルヒネ投与の決断を迫られた。

これは事実上の安楽死である。

僕に妻を殺すことの決断を迫られている。

以前から妻とはこういった場合の希望は話し合っていた。
植物状態になったり、自立した生活ができないなら、無理に生き永らえさせるのはやめて欲しい。
これは僕ら夫婦の共通した意見だった。

気が狂いそうだった。
心が壊れそうになりながら決断をした。

「お願いします」

そう言って妻の元に駆けよった。

【ありがとう】
血中酸素濃度90前後。
耳元で「愛してるよ」と呟いてホッペにキスをすると、目を閉じたまま弱々しく口角が上がる。

見る見る数値が下がっていく。
反応が弱い。
認めたくない。
ふくらはぎのポンピングで何とか血中酸素濃度を下げないように必死になる。数値が下がるのを止められない。
ガクガク震える手と声を止め、きちんとお別れを伝える。

「お疲れ様」と呟くと、少し息を吐いたように見えた。

「ありがとう」と呟くと、彼女の右目から涙が落ちた。

あとは「ありがとう」としか言えず、オデコにキスをした。

ピ―――――――――――――――

ついにその時が来てしまった・・・

【また会おう】
肉体こそ別個だったものの、もはやお互いの境界線がなくなってしまったかのように一心同体な関係だった妻が他界した。

もっと何かできたのでは。もう少し永らえる事もできたのでは。
その思いに押しつぶされそうな日々を過ごしながらも、妻であればこう考えるだろうと思って、妻と約束したことを実現すべく奮闘しています。

これからやりたい事、行きたい所、食べたいものを山ほど残して妻は逝ってしまった。

今まで妻はこの自分勝手な生き物に振り回されたのだから、今度は僕が妻のために捧げるつもりで生きてみようという気持ちに突き動かされています。

あまりにも強引な事の進め方をしようとする僕に、妻はよくこんな話をしました。
妻:そんなことばっかりして。離婚だ!
僕:うんわかった。離婚しよう。じゃ再婚ね。

こんなにも人を愛したことはありません。

妻と一緒に夢見たものは具体的なようでいて、その実、掴みようのないものでもあります。
これさえあれば愛して止まない妻を見失わずにいられると思えるほどにとても大きな目標。
妻が常日頃僕に言い続けた「最後のその瞬間までカッコつけ続けてね」、そして他界する2日前に強い覚悟と共に口にしたであろう「死んじゃダメだよ」を胸に、できる事を着実に粛々と。

僕の中にい続ける、幸せそうに微笑む妻と共に。




僕のために一生懸命生きてくれた妻であり戦友でありライバル 奈緒子へ。
「愛しているよ。ありがとう。また会おうね。」

妻の居場所 (有)BONSAIから
夫であり戦友でありライバル
多川 潤

2015年 JNCC Rd.2 テージャスランチ(日曜COMPクラス版)

さて続いてはCOMPクラスです。


Araiヘルメットのサポートを今大会から受けることになってゴキゲン。


かんとくいつもニコニコしてるんですよね~
レース前なのに、撮影快諾ありがとうございます!


AA2クラスMX出身ライダー同士仲が良い?んだよね?


松尾さんガンバ!
ちなみにスタート直後轢かれて亜脱臼。
医療班に応急処置をしてもらった後の追い上げと走りは鬼気迫るものがありました。


  KTMブラザーズ。みんなかわいげがあるんですよね~


AAライダーの入場間近。

  
内嶋選手ご存知ですか?
ダウンヒル(MTB)の日本トップ選手がAクラスに参戦ですよ!
すっかり楽しくなってきちゃったみたいで、開幕戦に続いて遠征しちゃってます。安定して上位に来てます!爺ヶ岳はどうするんだろう。


ウィリーの完成度に納得がいかなかったようです。タイスケです。


AAクラスの面々。

カウントダウン!


スタート!


何とタイスケがホールショット!

トップクラスのスタートは強烈!
渡辺 学選手

鈴木 健二選手

小林 雅裕選手

内山 裕太郎選手

矢野 和都選手

澤木 千敏選手

石戸谷 蓮選手

タイスケ久しぶりのレースお疲れ様!

レンはスターティングラップで転倒、22位辺りで1周目を終えましたが、鬼の追い上げで優勝!


おめでとうございます!


COMP-Aでは、残り1時間をパンクしたまま走り切った渡辺選手が優勝!

シャンパンファイト~

   AA2優勝おめでとう!


皆様お疲れさまでした~


後日談:
地元厚木の地方紙「タウンニュース」にレンの活躍が取り上げられました!
普段は鍼灸師としてがんばる院長先生。患者さんや地元のみんなも喜んでくれていることでしょう!

次はメガイベント爺ヶ岳(長野県)です。
今から楽しみ!

BONSAIMOTOってこんな感じです。